本格ミステリー小説「密室殺人ゲーム」シリーズの感想
中学生の頃、近くの本屋さんで何か目新しいものがないか物色しているときに、ひときわ分厚い小説を発見しました。
それがこの「密室殺人ゲーム」シリーズです。
シリーズ1作目「密室殺人ゲーム王手飛車取り」は約500ページ、シリーズ2作目「密室殺人ゲーム2.0」は約600ページと通常の文庫本の2倍近いページ数となっていて、私の目を引きました。
手に取ってみると、裏表紙や帯の部分から推理ものだとわかりましたが、私は今までそういう類いの本は読んでいませんでした。
新しいジャンルを開拓するチャンスだったので、それを購入し、学校の休み時間の合間に読んでみました。
なかなか面白く、読み耽っているとすぐに時間が過ぎてしまい、いつの間にか授業が始まってしまっていたのを記憶しています。
それから数年経ち、もう一度読み返してみました。
トリックのネタはある程度覚えていましたが、それでも面白かったです。
皆さんにもお勧めしたいので、その感想をつらづらと書いていきます。
「密室殺人ゲーム」とは
あらすじ
〈頭狂人〉〈044APD〉〈aXe〉〈ザンギャ君〉〈伴道全教授〉というハンドルネームを持つ5人が、ネット上で殺人推理ゲームを行う。
1人が犯人役、他4人が探偵役を務め、殺人で使われたトリックを推理し、謎を解き明かすゲームだ。
しかしここで語られる殺人はすべて、犯人役が現実で実行しているのだ!
探偵でもあり殺人鬼でもある5人の行き着く結末とは!?
時系列
時系列は刊行順に沿っています。
「密室殺人ゲーム王手飛車取り」→「密室殺人ゲーム2.0」→「密室殺人ゲーム・マニアックス」
対象読者
私個人の意見としては、ミステリーに精通している、していないに関わらず、だれでも読める作品だと思います。
しかし「密室殺人ゲーム2.0」の解説に、なかなか興味深い記述があります。
言うまでもなく、これは「虚構だからなんでもあり」の謎解きに親しんだ〈本格ミステリー〉読者を、極限までデフォルメした姿だ(作中でも彼らは〈本格ミステリー〉マニアであることを誇らしげに宣言している)。
引用元:「密室殺人ゲーム2.0」の解説 著者:杉江松恋
「これ」や「彼ら」という言葉は、登場人物の〈頭狂人〉〈044APD〉〈aXe〉〈ザンギャ君〉〈伴道全教授〉のことを指しています。
つまり登場人物は『「虚構だからなんでもあり」の謎解きに親しんだ〈本格ミステリー〉読者を、極限までデフォルメした姿』だということです。
私はミステリーに精通していませんが、なんとなく言おうとしていることがわかります。
作中で登場人物たちは、出題された謎に対して様々な推論を立てていきます。
しかし彼らは「探偵」ではあっても「名探偵」ではないので、そのほとんどの推論は出題者の手によって論破されていきます。
名探偵ならば直感で答えを導き出して、いとも簡単に謎を解いてしまいますが、彼らはそうではありません。
苦心してひねり出した推論が当たっているとは限らないのです。
同じようにミステリー好きな人は、様々な謎に対してそれを解く推理をしたことがあると思います。
そしてその推理が間違っていたという経験もお持ちのはずです。
このように「名探偵」に成りきれない「探偵」という点が〈本格ミステリー〉読者と本シリーズに登場する人物の共有点の1つだと思います。
ミステリーに精通していない私には登場人物と共感することはできませんでしたが、〈本格ミステリー〉読者の方にはできるはずです。
ですからミステリー小説を愛読している方は、私以上に本シリーズの魅力を感じ取ることができると思います。
要約
- だれにでもオススメの作品
- ミステリー好きな人には特にオススメ
シリーズの感想
密室殺人ゲーム王手飛車取り
あらすじ
〈頭狂人〉〈044APD〉〈aXe〉〈ザンギャ君〉〈伴道全教授〉。奇妙なニックネームの5人が、ネット上で殺人推理ゲームの出題をしあう。ただし、ここで語られる殺人はすべて、出題者の手で実行ずみの現実に起きた殺人なのである・・・・・・。リアル殺人ゲームの行き着く先は!?歌野本格の粋を心して堪能せよ!
引用元:「密室殺人ゲーム王手飛車取り」の裏表紙
目次
Q1 次は誰を殺しますか?
Q2 推理ゲームの夜は更けて
Q3 生首に聞いてみる?
Q4 ホーミチンー浜名湖五千キロの壁
Q5 求道者の密室
Q6 究極の犯人当てはこのあとすぐ
Q7 密室でなく、アリバイでもなく
Q? 誰が彼女を殺しますか?救えますか?
感想
とりあえずこの小説の魅力を書き出します。
- 主人公たちの煽り合い
- 「名探偵」がいない
- ちりばめられた伏線
- 主人公たちの正体
とにかく私のようなミステリー素人にとって、主人公たちの煽りあいがとても面白かったです。
作中で出てくる〈aXe〉〈ザンギャ君〉は特に犬猿の仲で、ことあるごとに互いを煽り倒します。
その様はまるで2ちゃんねるのレスバのようです。
彼らはフィクションのミステリーに飽きて、ノンフィクションのミステリーに台頭するほどのミステリーマニアですから、自身のことを「名探偵」であると自負しています。
そんな「名探偵」が作り上げた推理の欠陥を指摘したらどうなるでしょうか?
即レスバです。
このように彼らは、自分が作り上げた最高のトリックを現実世界で実行するためだけに人を殺す、狂った殺人鬼でありながら、人間臭い一面を持っています。
そのギャップがとても面白く、かなり笑わせてもらいました。
また、「名探偵がいないこと」も魅力の一つだと思います。
厳密に言えば、<044APD>は「名探偵」のように素晴らしい推理をしますが、他の4人はあくまで「探偵」どまりです。
直感で答えを導き出すことはできず、各々で現場検証や物証を使って地道に推理をします。
しかしその推理も当たっているとは限らず、欠陥やこじつけを含んでいることが多いです。
ですから、修正したり、また新たに推理をしたりを繰り返します。
そのためこの作品では、1つの謎に対してああでもないこうでもないと、様々な推理が作られます。
「名探偵」のように一直線で答えを導き出すのではなく、検証し、ほかの可能性も考えるのです。
そういうシーンが好きな人はかなりハマると思います。
また、読み返して気づきましたが、結構伏線がちりばめられていました。
2週目だったので、トリックの真相を知っていたというのもあり、伏線を発見してはこういうことだったんだなぁと一人で納得しました。
主人公たちの正体にも驚かされました。
勘の良い人は正体に気付けると思いますが、鈍い私は気付けませんでした。
しかしその分、正体を明かされたときは驚愕しましたし、面白くもありました。
ただ不満というか当たり前のことではあるのですが、出題された謎は知識がないと解けないような問題ばかりでした。
まあでも逆に言えば、新たな知識を獲得できましたし、ミステリー好きな人は楽しめるトリックだとは思います。
密室殺人ゲーム2.0
あらすじ
あの殺人ゲームが帰ってきた!ネット上で繰り広げられる奇妙な推理合戦。その凝りに凝った殺人トリックは全て、五人のゲーマーによって実際に行われたものだった。トリック重視の殺人、被害者なんて誰でもいい。名探偵でありながら殺人鬼でもある五人を襲う、驚愕の結末とは。〈本格ミステリ大賞受賞作〉
引用元:「密室殺人ゲーム2.0」の裏表紙
目次
Q1 次はだれが殺しますか?
Q2 密室などない
Q3 切り裂きジャック三十分の孤独
Q4 相当な悪魔
Q5 三つの閂
Q6 密室よ、さらば
Q? そして扉が開かれた
感想
※「密室殺人ゲーム王手飛車取り」の間接的なネタバレを含んでいるので注意してください。
前作の「密室殺人ゲーム王手飛車取り」を読んだ方は、あの結末のあと、主人公たちはいったいどうなったのか気になっている人も多いと思います。
私もその一人でした。
しかしそのモヤモヤを尻目に、主人公たちは普通に登場します。
あの後主人公たちに何が起こったのか、なにも語られないのかよ!とモヤモヤが増しました。
そんな中読み進めていると、何となく違和感がわきました、
<ザンギャ君>が<伴道全教授>のことを「ジジイ」と言ったり、今度は<伴道全教授>自身を「年長者」だと自称するのです。
???
<伴道全教授>の正体は「アレ」だと前作で明かされているのにどうしてジジイ?年長者?と思いましたが、そのときは「密室殺人ゲーム2.0」は「密室殺人ゲーム王手飛車取り」の前日譚なのかということにしました。
他にも〈044APD〉は自身をぼかした姿で登場するのではなく、コロンボが使っていた車の写真で登場したり、まったくしゃべらずにテキストだけで会話をしたり、今度は<ザンギャ君>がなんか知的だったりと違和感ありまくりだったのですが、とりあえず読み進めました。
そして物語が進んでいき、物語の中盤あたりで驚くべき事実が待ち受けていました。
その事実がすべての違和感を解消し、前作の結末の続きも書かれているのでモヤモヤも解消されました。
これ言っちゃうとネタバレになってしますのでこれ以上語るのはやめときます。
全体的な感想としては、ほとんど前作の感想と同じでした。
<aXe>と<ザンギャ君>の煽りあいも健在でしたし、何よりも主人公たちが謎解きに試行錯誤する姿が最高でした。
しかし前作の二番煎じであるのかというとそうではありません。
物語の序盤で、主人公たちが行っている密室殺人ゲームの真似事をする輩が登場してきたり、章と章の間にある短編で、前作に無い不穏な空気をかもし出していたりと、様々な要素が詰め込まれています。
また他にも、前作の結末にモヤモヤしていた前半部分とそれが解消された後半部分で違う面白さを感じ取れました。
ただちょっと残念だったところは結末の「Q6 密室よ、さらば」で出題された問題です。
いや、問題というよりその問題を解くことで明かされる真実の方です。
本来なら読者を驚愕させたいポイントだったと思うのですが、前作を読んでいるとちょっと予測しやすい結末だったと思います。
なんとなくこういう結末にしたいのだろうなというのがわかってしまいました。
しかし様々な伏線を立てていき、早く読みたいという気持ちにさせる文章構成は素晴らしかったと思います。
最後に本書を読み進めていくうえで重要な言葉があるので、引用して書き出したいと思います。
Web 2.0(ウェブにーてんぜろ)
従来Web上で提供されていたサービスは、特別なスキルを持った送り手がコンテンツを作った段階で完結し、受け手はその情報をただ取り込むだけの一方通行であった。対してWeb 2.0では、受け手と送り手の垣根がなくなり、誰もが情報を発信できる。利用者が増えれば増えるほど提供される情報の量が増え、その蓄積が巨大な集合知となり、サービスの質も高まる傾向にあると言われているが、その一方で、誰もが情報や機能に手を加えることができるため、そもそもの制作者が初期に意図したものとは違った方向に行ってしまうこともある。引用元:「密室殺人ゲーム2.0」5ページ目
密室殺人ゲーム・マニアックス
あらすじ
〈頭狂人〉〈044APD〉〈aXe〉〈ザンギャ君〉〈伴道全教授〉。奇妙なハンドルネームを持つ5人がネット上で仕掛ける推理バトル。出題者は実際に密室殺人を行い、トリックを解いてみろ、とチャットで挑発を繰り返す。 謎解きゲームに勝つため、それだけのために人を殺す非情な連中の命運は、いつ尽きる!?
引用元:「密室殺人ゲーム・マニアックス」の裏表紙
目次
Q1 六人目の探偵士
Q2 本当に見えない男
Q3 そして誰もいなかった
A&Q 予約された出題の記録
感想
これまでの作品とは一転して、約300ページほどの短い内容になっていました。
おそらく「密室殺人ゲーム・マニアックス」はシリーズの外伝的作品として書かれているからでしょう。
では、外伝というからには今までのシリーズの補足か何かなのかなと思いましたが、まったく違いました。
ゴリッゴリの続編でした。
まあでも敢えていうなら「密室殺人ゲーム2.0」の補足に位置していると思います。
本作では登場人物の紹介や殺人推理ゲームの説明から始まり、謎解きが開始されます。
しかし冒頭の部分で今までの作品と少し違う点がありました。
いつもなら日付から書かれて物語がスタートしますが、なにやら本作では「1 of 9」という意味深長な言葉が付け足されています。
さらに文章の途中でも「2 of 9」やら「3 of 9」などの文字が書かれています。
はたしてこれは何を意味しているのか!?
これを言っちゃうとネタバレになってしまうのでやめておきます。
ただ、今までの作品と本作の違いを挙げるとしたら、〈頭狂人〉〈044APD〉〈aXe〉〈ザンギャ君〉〈伴道全教授〉の5人以外にも殺人推理ゲームのトリックを推理する人が増えているという点です。
全体の感想としては、今までのシリーズとはちょっと違う印象を持ちました。
うまく言葉に表せれないのですが、<本格ミステリー>読者を極端に意識した内容になっていると思います。
これはトリックがすさまじく難関になっているというわけではなく、本記事の「『密室殺人ゲーム』とは」の「対象読者」で説明した通り、登場人物が極端に<本格ミステリー>読者寄りになっているという意味です。
意味が分からないと思いますが、読んでいただければなんとなく意味が分かると思います。
どれから読めばよいか
結論から書いてしまいますが、断然「密室殺人ゲーム王手飛車取り」です。
時系列から見て一番最初というのとシリーズの第1作目というのもありますが、一番の理由は続編の「密室殺人ゲーム2.0」と「密室殺人ゲーム・マニアックス」にネタバレを含んでいるからです。
ネタバレされたものほど、つまらないものはありません。
また、「密室殺人ゲーム王手飛車取り」を読んで、その結末を知っているからこそ、次作の「密室殺人ゲーム2.0」で驚愕する場面があります。
しかし、その場面は前作を読んでいないと絶対にスルーしてしまいます。
はっきりいって、これをスルーしてしまうことは「密室殺人ゲーム2.0」の面白さを半減させるといっても差し支えないです。
とにかく私が言いたいのは、シリーズ読破を目指すのなら「密室殺人ゲーム王手飛車取り」→「密室殺人ゲーム2.0」→「密室殺人ゲーム・マニアックス」の順に読んでほしいということです。
「密室殺人ゲーム」シリーズ4作目について
「密室殺人ゲーム」シリーズは著者の歌野晶午先生によると3部作構成だそうです。
では3冊刊行されているから、もうシリーズが完結しているのかというと、そうではありません。
「密室殺人ゲーム・マニアックス」はシリーズの外伝的作品だそうで、3部作構成の中には組み込まれてはいません。
つまりどういうことかというと、シリーズはまだ完結していません。
シリーズ最終作である4作目がまだ発表されていないのです。
著者の歌野晶午先生はまだご存命であり、執筆活動も続けていらっしゃるのでシリーズ最終作が刊行されないということはないと思います。
ですから刊行されるその日まで、私たちは待ち続けるしかありません。